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このあたりのものでござる

正月に,NHKのテレビで「このあたりのもの~禍の時,狂言三代の見つめる遠い未来」という番組を見ました.これは,日本を代表する伝統芸能である狂言師の野村万作さん,萬斎さん,そして子息の裕基さんの挑戦を追ったドキュメンタリーです.裕基さんは二十歳となり,初めての大舞台に挑戦することになりますが,COVID-19の感染拡大による昨年の緊急事態宣言を受けて中止となりました.しかし,その間もさらに厳しい稽古を続け,事態の改善した夏に念願の大舞台に挑戦しました.

 

さて,コロナ禍と呼ばれるこの事態のなか,多数の舞台芸術が影響を受け続けています.狂言のような伝統芸能も例外ではなく,大きな影響を受けたということですが,萬斎さんはインタビューに応じて,こんなことで狂言が消えてしまうことはないと考え,特に焦ることはなかったと淡々と語ります.いわく,世阿弥以来650年以上の伝統を持つ狂言は,戦乱も疫病も,そして2度の世界大戦も潜り抜けて生き続けてきたのだから,よほどのことがあっても消えることはないと.その淡々とした語り口に「離見の見」と世阿弥が唱えた狂言の本質を感じさせる,揺るがない客観性に感動したものでした.「このあたりのもの」とは,狂言の決まり文句の一つで,「どこのだれでもない」という自己を離れた,視点の高さを感じさせます.

 

合唱を含めあらゆる舞台芸術が厳しい状況のもとにあります.いずれのジャンルにおいても,長い歴史の中で数多の禍を生き抜いてきたものは,萬斎さんの言う通り容易に消えてしまうようなものではないと私も信じたいと思います.

 

by 太平楽太郎


混声合唱団ノイエ・カンマー・コール